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Monte Zoncolanへと旅立った友

2011年05月30日(月)

昨晩深夜、我が友、ノールさんは、イタリアのMonte Zoncolanへと旅立った。
Monte Zoncolan(モンテ・ゾンコラン)は、ジロ・デ・イタリアのコースの中で、
言わずと知れた有名な峠である。

リエンツ~モンテ・ゾンコラン 210km区間の詳細
http://www.jsports.co.jp/cycle/giro2011/stage/stage_14.html

去年のジロ・デ・イタリア


1,000CCのバイクだと


そこを最近誂えた特別仕様のママチャリ、(メリーV2)を駆って上ろうというのだ。

きっかけは、
http://esprit-de-nord.cocolog-nifty.com/blog/2011/04/post-eb7a.html

そして、
http://esprit-de-nord.cocolog-nifty.com/blog/2011/04/post-1.html

決める。
http://esprit-de-nord.cocolog-nifty.com/blog/2011/04/zoncolan-c7ca.html

でも、迷う・・・、
http://esprit-de-nord.cocolog-nifty.com/blog/2011/05/post-77f6.html

でも、決めている。誰かと同じ大学出身だが、彼はぶれない。
http://esprit-de-nord.cocolog-nifty.com/blog/2011/05/monte-zoncolan-.html

米治郎も微力ながらお手伝い
http://esprit-de-nord.cocolog-nifty.com/blog/2011/05/post.html

いざ、出陣
http://esprit-de-nord.cocolog-nifty.com/blog/2011/05/monte-zoncola-1.html

しかも、ちょうど、今年のジロ・デ・イタリアが終わったばかりの時期。

今年のジロ・デ・イタリアのゾンコラン
http://www.jsports.co.jp/cycle/giro2011/report/stage_14.html

兵どもの夢の後。

友よ、楽しんで来い、健闘を祈る。
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のぞき坂3本

2011年05月27日(金)

20時、会社を後にして、自宅までの帰り道。
この1、2週間の仕事のむしゃくしゃした気持ち。
これは、酒を飲んでも発散できそうもない。
まず、自転車に乗ることを考えたが、
この2週間、ママチャリにも全く乗っていない。
梅雨入りした路面は、今は雨は降っていないが、
ウエットで、さらには久しぶりのカル号、
夜で、目も見えないし、条件が悪すぎる。
そこで、走ることにした。

自転車の夜練をしていた頃は、夕飯を食べてから、
乗り始めていたが、今日は昼食が遅めだったので、
まだ、そんなにお腹が減っていないので、
台所にあったチョコレートを少し食べて、
家を出た。

階段を下りて、マンションを出て、スタート地点へ向かう。
神田川沿いに走っていくが、100mくらい走って、
「やっぱり、走らなきゃ良かった」と、ダメダメ感一杯である。
芭蕉庵、椿山荘、江戸川橋公園と過ぎて、江戸川橋で、音羽通り。
最初のダメダメ感は多少はぬぐいさられ、音羽通りを走っていく。
講談社前を抜けて、護国寺前を左折して、不忍通りへ入る。
首都高護国寺ランプの交差点、ここは、首都高入路、出路が
別々の横断歩道で信号も別々。
いつもはそれぞれがちょうど良いくらいに、赤信号。
それが、今日は、入路側は青信号、出路側も少し待つだけで
すぐに青になって、清戸坂を上っていく。
突き当って、目白通りを右折して、高田1丁目を左折して、
宿坂を下り、目白不動前でゴール。28分30秒。

http://www.jognote.com/user/171991/classic

目白不動でゴールだが、何か物足りない。
しかし、距離は走れそうもない。
そう思いながら、フラフラとのぞき坂へ・・・。
何か自転車の夜練をやっていた頃の感覚だ。
のぞき坂を走って上るのは初めてだ。

のぞき坂を上って目白通りに出たスカラ美容室前に、
最近、やっと信号がついて、雑司ヶ谷駅へ渡りやすくなったので、
雑司ヶ谷駅へ行く場合、前に使っていた明治通りの入口から
入るより、若干こちらの方がホームへ早く行ける。
それで、地下鉄を使うときは、のぞき坂を徒歩で
上ることが多くなったが、いつも、四苦八苦しながら上る。

自転車と同じ、副さん前電柱からスタート。
途中から、斜度が急になるが、何とか快調に上りきる。
歩いて下りて、2本目をスタート。
斜度が変わるところで、一気に減速。ヘロヘロ状態。
しかし、何とか、走って上りきる。
3本目、斜度が変わるところで、ヘロヘロは極致に、
辛うじて走っている(両足が地面から離れる)。
やっとのことで頂上に着く。
4本目は止めにした。やれそうだったが、4本やったら、
5本やらなければならないので、明らかに5本は無理なので・・・。

朦朧としながら、マンションへ。
むしゃくしゃ感は忘れられた。
しかし、あまりにもヘロヘロで、
気がつくと、9階だった。
階段で上るはずが、エレベーターで上っていた。

最後ののぞき坂がすごく良かった。
やはり、私はMなのだろうか???
まあ、そんなことはどうでもよいが、とりあえず、スッキリした。

今週末は雨予報・・・。

ジャムパン

2011年05月18日(水)

米治郎、ジャムパンが大好きだ。
あんぱんでもなく、クリームパンでもなく、
チョココロネでもなく、ジャムパンだ。

一番のお気に入り(この安ーい感じのイチゴジャムが良い)
ジャムパン

高級ジャムパンは、ジャムがちょっと高級すぎる。
高級と普通ジャムパン


ロングに一緒に行った方たちは、
米治郎が、ジャムパンを隠し持っているのを
覚えているかもしれない。
アラフィフ遠足でも、リュックには、
ジャムパンが3個入っていた。

先日、新聞のコラムで知ったことだが、
ツール・ド・フランスの補給食って、
ジャムパンらしい。

http://blogs.yahoo.co.jp/teamvang/17217123.html

もちろん、パンの本場のおフランスの
ジャムパンだから、日本のモノとは違うし、
パン2に対して、ジャム8の割合で、
疲労回復の為のモノらしいが・・・。

米治郎のジャムパン好きって、ある意味、的を得ていた。

でも、なかなかコンビニでジャムパンを
揃えているところは少ない。
あんぱん、クリームパンはあっても、
ジャムパンはない。
梅干しのおにぎりがないように・・・。

ジャムパン ラブ。

2か月ぶりのランニング

2011年05月15日(日)

昨晩、明日も天気が良さそうなので、
自転車の乗ろうかとも考えたが、
用もあったので、あまり遠くまではいけないと思い、
自転車を出しておかなかった。

しかし、先日の61kmウォーキング以来、
ほとんど運動らしきことをしていなかったので、
久しぶりに走ることにした。

ランニングも、ずっと、御無沙汰で、3月6日の
目白ロードレースに出て以来、走っていなかった。

コースは、神田川を江戸川橋まで下り、
江戸川橋から音羽通り、護国寺、
目白通り、目白不動のコースだ。

http://www.jognote.com/users/171991

2か月ぶりなので、ゆっくりと走り始める。
徐々にスピードをあげてと言いたいところだが、
スピードは上がらない。江戸川橋につく頃は、
ヘロヘロ、音羽通りをヘロヘロでゆっくりと
護国寺へ向かう。護国寺前の自販機で、
水を買って、水分補給。
護国寺の首都高速の信号が長い。
歩行者信号は、2~3分は赤のままだ。

少し休めたので、青になって、少し早いペースにあげる。
不忍通りを目白通り方面へ清戸坂を上っていくと、
やはりヘロヘロになるが、スピード違反の取り締まり、
ねずみ捕りをやっていて、気が紛れて、ヘロヘロ状態を忘れる。
今は、交通安全週間、今日の天気は、警察にしてみれば、
”飛んで火にいる夏の虫”、”ねずみ捕り日和”である。
ここは、首都高を護国寺で降りたり、不忍通りをずっと走ってきても、
ゆるい上り坂で、ついアクセルを踏んでしまい、
知らないうちにスピードが上がる場所。
知る人ぞ知るねずみ捕りをいつもやっているところである。
フーガの中年の婦人が捕まっていた。

不忍通りから目白通りへ入って、高田3丁目で左折して、
宿坂を下って、いつも通り、目白不動でゴール。
目白不動でお参りして鐘を鳴らす。

マンションの階段を腿上げをしながら、
9階まで上って今日はお終い。

やはり、最低でも週1回は走らないと・・・。

アラフィフ3人組の遠足【ルート】

こんな便利なものがあった。

ので、先日のアラフィフの遠足のルート。

アラフィフ3人組の遠足【感想】

【アラフィフ3人組の遠足】

102kmの予定だったが、結局のところ、
二度上峠を制覇して61km、
29日の14時過ぎに群馬県高崎市、新町駅を出発して、
30日の午前8時、群馬県北軽井沢、軽井沢高原ゴルフ倶楽部の
入口の先で玉砕した。
61kmのうち、19.2kmが二度上峠、
二度上峠頂上-2
結局、群馬県から長野県へは入れなかった。

その感想というか総括をする。

1.ウォーキングで、峠を含めての100kmは、現代のアラフィフには無理。
  交通網がこれだけ完備されている中で、歩くという行為は、
  どんなに歩いている人でも、普通は、せいぜい、20~30km。
  もっと歩いていても、50kmくらい。
 ※東京~直江津までのママチャリ経験者(ノールさん)、マラソン経験者(kozoさん)を含む。
2.マメ対策として、五本足ソックスは必須。
3.さらに、マメ対策で、体重のかかる足裏とかかと部分に
  テーピングも必須。
4.リュックは軽めに、5月初旬でも寒いが、着替えをせずに済むように
  自転車用などの化繊のジャージ、下着が有効。寒くても汗はかく。
  綿素材は禁物。
5.コンビニなどの店があれば、補給は可能だが、
  人里離れる場所を通過する場合、それが深夜に及ぶ場合は特に、
  補給食と水分は大事。ただ、重くならないように。
6.靴は履きなれた靴で、なるべく足先が広めのモノを。
7.夜間に及ぶ場合は、照度のある懐中電灯は必須。また、
  クルマ対策として、背中にもライトを。
8.5月でも寒い場所では、休憩は8分が限度。
  それ以上取ると、身体が冷え切ってしまう。

以上、このウォーキングで学んだこと。

ウォーキング、面白かった。
ハマるかもしれない。
また、おバカな企画、やってみたい。

例:京浜東北線ウォーキング(大宮~大船)
  東京23区全制覇ウォーキング
  西武池袋秩父線ウォーキング
  荒川CRウォーキング
  江ノ島までウォーキング
  などなど

パンクしない自転車タイヤ

先日、テレビでやっていた”リペアムゲル”。

リアルムゲルのサイトに書いてあるが、
昔あった、ウレタンを入れたノーパンクタイヤとは違うらしい。

そもそも、この社長、ブラジャーを作ろうと思っていたらしいが、
肌密着型ブラに先を越され、その開発していたゲルは、
その用途での開発を断念せざるを得なかった。
その社長、そもそも、自転車好きで、
ロードバイクでジテツウしていた。
ある日、いつも通り、ジテツウしていた朝、
大事な会議の出勤途上、パンクしてしまい、
会議に遅れてしまった。
この時、パンクしないタイヤを・・・、
と、真剣に考えて、このゲルは使えないかと、
試行錯誤、自分で実験台になり、今の配合に落ち着いたらしい。

リペアムゲル1

ゲル状の物質で、120度で液体になり、常温でゲル状になるらしいが、
これを自転車のチューブに入れると、空気の代わりになり、
しかも、パンクしなくなるという。

リペアムゲル2

米治郎が気になるのは、120℃で液体になるらしいが、
去年とか一昨年の夏、舗装路面は、40℃、50℃になるが、
タイヤの中身が柔らかくならないのか?

前輪後輪で、2~3kgアップ、さらにパンクしないからって、
乱暴に乗っちゃいけないらしい。

リペアムゲルってどうなのだろう?

アラフィフ3人組の遠足【二度上峠 編】

2011年05月01日(日)

アラフィフ3人組の遠足【新町~権田 編】の続き。

倉渕村は、でかい。
権田もまだ、倉渕村。
さらにいうと高崎市。
倉淵町ガイド
※この画像は、権田の手前の倉渕村の案内、権田はちょうどライトが当たっている地点。

権田交差点で、国道406号線から左に折れて、
県道54号線を二度上峠目指して歩いて行く。

kozoさんが、高崎の100均で買った温度計で
温度を確認しながら歩いている。
この温度計、もう一つの役目がある。
二度上峠の頂上の温度が何度なのか?
三人でカケをした。
ノールさんは、5℃。
kozoさんは、氷点下。
米治郎は間を取って、3℃。
この中で、一番近い人が明日の昼飯をおごるという
勝った方が損する仕組み。
この権田の時点で、あまり覚えていないけど、
7℃くらいだったと思う。

県道54号線を進むにつれて、闇は濃くなっていく。
権田が少し集落だったが、
権田交差点から54号を進むにつれて、人里離れていく。
人家は全くなくなっていって、明かりはなく、
月も新月なので、闇夜である。
懐中電灯の明かりだけが頼りだ。

やがて、川浦という集落に差し掛かる。
川浦小学校という看板が見えて、
道路の頭上には、桜らしき白い花が満開である。
先ほどの権田で撮った画像が全く撮れていなかったので、
もう暗い中での撮影は止めた。

この付近では、休憩も真っ暗な中でする。
54号線に入ってから、極端に交通量は減り、
クルマは全く来ない状態なので、アスファルトの道路で
3人とも寝そべる。多少こう配があるので、
頭を勾配の下にして、脚をあげて、リンパと乳酸を
少しでも脚から身体に持ち上げようと試みる。
これは、ノールさんがいつもやっていることだ。
もうこの付近では寒く、kozoさんが、10分以上
休憩すると、身体が冷え切ってしまうので、
7分8分でと、時計を見て、「はい、スタートします」と、
的確に指示を与えてくれる。非常に頼もしい。
しかし、スタートすると、身体が固まってしまい、
脚が素直に動かない。
温まってくるまでは「痛たた、痛たた」と、
おじさんたちは痛さと闘いながら歩く。

マメ対策は、kozoさんに言われた通り、
5本足ソックスを履き、さらに20kmを過ぎたあたりで
足の裏にマメの兆候があったので、テーピングして備えたが、
指と足裏は問題ないが、左右のかかとの内側がさっきから痛い。
次の休憩で、見てみると、両足ともかかとの内側、
内側のくるぶしの下にマメができている。
もうここまで、育ってしまったらあとの祭り。

真っ暗な中で、休憩していると、突然、ヘッドライトの明かりが・・・。
いくら、交通量が少ないとはいえ、たまにクルマが通る。
二度上峠の手前は、後でわかったことだが、
連合赤軍あさま山荘事件
あさま山荘の近くだったらしい。
交通量の全くない54号線に突然現れるクルマにビックリするが、
クルマに乗っている人はもっとビックリだろう。
こんな人里離れた真っ暗な中で、3人で何をやっているのか?
あさま山荘も近いし、きっと犯罪者に違いないと、
振り返らずに、あわてて通り過ぎる。

このレポート、実は、Googleの地図を見ながら書いているが、
二度上峠の手前、烏川渓谷公園というのがある付近、
旧道とバイパスとに分かれている。
kozoさんが、両方を示してくれて、
「旧道はこう、バイパスはこう、どっちへ行きます」
旧道方向を見ると下っている。
下っているということはまた上るので、
ノールさん、米治郎「バイパス」と声が揃ってしまった。
バイパスを進んで、旧道との合流が過ぎると、
工事中、片側通行の表示で、信号がついているが、
もちろんクルマは来ないので、赤信号だったが進んでいく。
すると、片側の工事中の中に工事の現場事務所らしき
建物があり、その前を通り過ぎると、パッと明かりが点いた。
感知式のランプになっていて、久しぶりの明かりだ。
待っていたkozoさんの一言、「休憩しましょう」、
と、久しぶりの明かりの中で休憩。

その様子(※ノールさん、動画を拝借しました)

※右側で米治郎が怪しく映っているが、実は用をたしていた(爆)。

さあ、二度上峠の上りがスタートする。
標示があるが暗いので画像はない。
標示はカーブの数(いくつか忘れた80~100くらい)が上段に表示され、
下段に、”←国道406号線○○km →二度上峠○○km”
とある。これって、こちら側からはカーブの数が減っていき、
最初は、減って行くたびに奮起していたが、段々とこれが、
「まだかよ」という気持ちを増幅させる。人間とは勝手な生き物である。
これから標高1,390mまでゆっくりと上っていく。
二度上峠、斜度はそんなにきつくはない。
上るにつれて、少しずつ、気持明るくなってくる。
二度上峠の夜明けは近い。
気温は3℃、このままでいくと米治郎の勝ち、だから負けである。
がんばれ温度計!

この付近で、米治郎、アドレナリンハイ現象が現れた。
ランナーズハイという言葉があるが、自転車でも
同様にそういう症状はあり、米治郎、自転車で
ロングをやっていた時に経験したが、ある時点で、
急に疲れが飛んで、一気に元気になるのである。
しかし、自転車の時は、それが長続きしたが、
このウォーキングでは、シオシオノパーと
アドレナリンハイが出てきた時と同様、
急に消えた。

ずいぶんと上ったところで明るくなってきた。
そして、左に朝日が上ってきた。
二度上峠日の出
※標識の左の矢印の先にある小さい○が太陽

残りのカーブは22、二度上峠の頂上まで3.0km、権田から16.2km
二度上峠日の出3.0km
※標識の右の矢印の先にある小さい○が太陽

朝日の動画

※”にどうえ”峠ではなく”にどあげ”峠

実は、ここからの3.0kmがきつかった。
そんなに斜度のない上りがだらだらと続く。
カーブ数が20を切れても、なかなか10を切らない。
そう、先がわかるから、残りの数を見るだけで辛くなってくる。
わからなければ、まだかな、まだかなと思っていると終わるのだが・・・。
県道54号線

そして、ついに頂上はやってきた。
最後のカーブ、二度上峠の頂上である。
二度上峠頂上-2

標高1,390m
二度上峠頂上

さらに、右カーブ、右側の切り通しが切れると、浅間山
浅間山

パソコンで見ている方は是非この動画を!


すると、頂上に止まっている4駆の男性が降りてくる。
「あんたたち、さっき歩いていた人たちだね」
と、やはり通り過ぎて行ったクルマの人だった。
ここで、この男性から聞いて、
さっきの付近があさま山荘付近であったことを知る。
「3人揃って撮ってやろうか」と、撮ってもらう。
※ノールさんのカメラで撮ってもらったので画像はまだ。

それと、ほとんど忘れていたが、kozoさんは覚えていた。
頂上の気温は、なんと5℃。よって、ノールさんの勝ちだから負け。

そして、高崎市から長野原町へ入る。ここからは下り。
眼下に、ゴルフ場が見える。
しかし、上りではあんなに快調だったノールさんが急にペースダウン。
そう、新しい靴がここへ来て、新しい靴が災いし、さらに下りで
足に負担が増して、マメが発育してそれを庇うために、
腰にきはじめてきたらしい。米治郎も足腰ガクガクである。
実は、さっきの工事事務所の休憩で、102kmはもう無理で、
北軽井沢(67km)をゴールとすることがほぼ決まっていた。
もし、北軽井沢で歩けそうなら進むということにしてあった。
しかし、ここへ来て、ノールさんと米治郎は、ガクガクもうろう状態。
ノールさんは、落ちている白樺の木を杖にして歩いている。
kozoさんは、前を行き、ノールさんと米治郎と二人で歩いて行く。

ノールさん「おい、ここのゴルフ場でタクシー呼んでもらおうか」
米治郎「そうだね、でも、まだ、時間的にゴルフ場開いているのかな?」
そう、さっきから入口を見ているが、入口を入っていくクルマがない。
kozoさんは、ずいぶん前を行く。
しかし、とうとう、ノールさんが事切れた。

ノールさん「タクシー呼ぼう」
と、着いたところは、別荘地の入口。
そこで、タクシーを呼んで、ウォーキングは終了。
全員、玉砕。102kmなんて距離は無理で、都合61kmだった。

1時間ほど待ってタクシーで軽井沢へ向かう。
タクシーの運転手さんに話すと、当然びっくりされる。
しかし、すぐに、全員熟睡。
あっという間に、軽井沢駅へ着いて、
軽井沢から”しなの鉄道”で、上田へ向かう。

旧JR時代の昔懐かしい湘南色車両だった
しなの鉄道湘南色

そして、上田から真田へ行って、健康ランドふれあいさなだ館で、
昼食食べて、熟睡。

その後、kozoさんのお父様に迎えに来ていただき、
kozoさんの実家へお世話になった。

疲れたが、本当にすごく楽しかった。
50歳を過ぎて、こんな経験ができるとは思ってもみなかった。

kozoさんには、たいへんお世話になった。
計画からスケジュール管理、そして、ご実家で
お父様、お母様に良くしていただいた。
山菜のてんぷら、都会では絶対に手に入らないきのこの和え物、
美味かった。

実は、この3人、あの白石峠以来である。
それも感慨深かった。
あの時、この二人に出逢っていなければ、
この旅は有り得なかったのである。

ありがとう、kozoさん。
ありがとう、ノールさん。

しかし、帰ってから、菊じいの話を聞いて、
さらにビックリ・・・・・。
61kmのウォーキングなんて、甘かった・・・。

NHKへ行ってきた-2

2011年04月28日(木)

見ていただけましたか?熱中スタジアム?

事の始まりは、4月1日、ノールさんからの電話だった。

NHKのディレクターからノールさんのブログに
コメントが来て、出演依頼があったらしい。
その詳細はノールさんのブログで。
そこで、米治郎の近所の”のぞき坂”と、
文京区音羽の”鼠坂”を上るので、
撮影日に、許可をもらうので、撮影風景を撮ってくれないか
との事だったので、二つ返事で引き受けた。

それで、明日(2日)、下見に行くから一緒に来てくれないかということで、
一緒に行った。それがこれ。(あの時は言えませんでした。)

そして、翌日の3日、いよいよ撮影日。
昼くらいからの撮影とのことで、
待っていたが、結局、撮影隊とノールさんが来たのは、
14時過ぎ。奥さんと、見に行った。
しかし、この時点では、まだ、撮影隊には
許可をもらっておらず、ただの通りすがりの人。
ノールさんと撮影隊は、のぞき坂の上で
打ち合わせをしている感じ。



奥さんと二人で、のぞき坂の下で、
見上げていると、ノールさんから着信。
まだ、もう少しかかるらしい。
奥さんが坂の上まで偵察に行く。
そこでの会話は、こんな感じ(想像)。

奥さん「あれー、ノールさん、こんなところで何やっているの?」
ノールさん「あっ、米ちゃんの奥さん、自転車の撮影があるのよ」
奥さん「ここを上る撮影?」
ノールさん「そうそう」
奥さん「主人に言ってきます」

と、偶然、会った感じで、演技演技。

そして、米治郎、今聞いたって感じで、
のぞき坂を上って、ノールさんの前に登場。

ノールさん「おー、米ちゃん、今さ、奥さんに会って、これから撮影」
米治郎「今、家内から聞いて見に来たよ」
ノールさん「この人、この近所に住んでいて、自転車仲間」
と、ディレクターさんの紹介してくれる。

しばらく待っていたが、ノールさん、メリーV2で行くつもりだったのだが、
やはり、スタッフとしてはミヤタ君で上って欲しいらしく、
スタッフがノールさんの家まで、ミヤタ君を取りに行くらしい。

米治郎、その間、自宅へ戻って待機。

そして、ミヤタ君が到着した頃を見計らって、
また、登場して、のぞき坂の上で、デジカメで
撮影風景を撮影。

スタッフさんたちはたいへんだ、
長いけど、1回目の”のぞき坂”TAKE


猫も様子を見に来た


2回目の”のぞき坂”TAKE


でも、残念ながら、放映では、ノールさんの”のぞき坂”は使われなかった。




これで、米治郎、スタッフの皆さんに完全に認識された。

このまま、図に乗って、”鼠坂”へ行くことに、
ノールさんは、スタッフさんたちと、ロケバスで鼠坂へ、
米治郎は、ママチャリで、神田川沿いをひた走って、
江戸川橋から、鼠坂へ行く。

さあ、舞台は、”のぞき坂”から、”鼠坂”へ移る。
”鼠坂”へ米治郎がママチャリで着くと、もちろん、
ノールさんたちは着いていて、撮影準備をしていた。
坂の下で、ノールさんとディレクターさんが談笑中。
そこへ入って行った。

ノールさん「おー、米ちゃん、ありがとうね。」
ディレクターさん「あっ、どうも」
米治郎「どうも」

と、引き続き談笑して、話は、最近の若い者の話へ。

ディレクターさん「最近の若いADは怒ると、すぐ、来なくなっちゃうんですよ」
米治郎「そうそう、こちらの世界も同じ、扱いづらいよね」
ノールさん「でも、言うべきことは言わないと、わからないからなぁ」
米治郎「うまく言うの難しいよね」

なんて、話をしていると、撮影準備完了。

まず、”鼠坂”1回目のTAKE
※ディレクターさんが、「がんばれ、がんばれ」と言いながらノールさんの後を追っている
声に着目、そして、最後は「やったー」、パソコンのボリュームをなるべく大きくしてね。


しかし、この動画、ノールさんは、ちゃんと上りきっているのだが、
映ってしまうと思って、米治郎は、ディレクターさんについていっていないので、
上の様子が撮りきれていないが、頂上付近で、階段を上っていた親子が、口を開けて
唖然としてノールさんを見ていた姿が映ってしまったらしい。
それで、NGになった。ADさんがディレクターさんからめちゃめちゃ怒られていた。

そして、ここで、米治郎のデジカメの2GBのメモリーが終了。
動画はあまり撮らないので、2GBでどのくらい撮れるかわからなかったが・・・。

”鼠坂”の2TAKE目が本番で使われたので、皆さんの見たとおり。
オリラジの中田さんがやっとこさと、何回もチャレンジして、やっと上れた
”鼠坂”、それをママチャリでいとも簡単に上ってしまったノールさんの
雄姿はすごかったでしょ。中田さんの「ちょっと、ノールさん」「あれれ」と
いうオチ、まさに、ディレクターの思い通りの絵だった。
ちなみに、中田さんの名誉のために言っておくが、”のぞき坂”も”鼠坂”も
5回以上チャレンジして、最後はちゃんと上りきっている。5回もチャレンジしたら、
まずは、上れないのが普通だが、上りきれたのがすごい。
さすが一流芸能人、根性が違うなぁと思う。

撮影が終わって、ノールさんとディレクターさんと話していると、

ディレクターさん「米治郎さん、もし、良かったら、16日のスタジオの収録、来ていただけませんか?」
米治郎「えっ、(少し躊躇したが)良いですよ」
ノールさん「米ちゃん、一緒に来てくれると助かるよ」

と、うまく乗せられて、ひょんなことから、スタジオまで行くことになった。

そして、16日の収録。
米治郎は、野暮用で、遅くとも18時までには帰宅しなくてはならず、
4月28日の放送分のみの出演。5月5日のロングの方も出たかったのだが・・・。

米治郎、小学校4年生の時に、当時のNHKの番組「チャンスだピンチだ」に
出演以来、2回目のテレビ出演。ちなみに、この番組、当時まだ無名だった
小林幸子さんが誰か男性タレント(誰だったか忘れた)と司会だった。


収録まで待機している待合室はこんな感じ


スタジオの収録前の雰囲気


事前に、タレントさんは、肖像権があるので、撮らないでくれとのことで、
中田さん、中越さんたちの動画、画像は撮れなかった。

そこでと、言っちゃなんだが、ロングテールバイクで映っていたハンサム判治さん、
この人、すごい人だった。ミュージシャンで、良い歌を歌っている。
この大きさで、このバイクに乗って箱根も越えて、コンサートを回る。
リンクしてあるので、ブログは必見。東日本大震災の被災地へもすぐに飛んで行っている。
http://ameblo.jp/hanzi/

実は、これを書いたのは、放映前だったので、

米治郎の”アラポタ”、使われたかなぁ???

さあ、明日からノールさんとkozoさんと3人で、アフォー・アラフィフ企画。
また、おバカなことをやるので、結果は如何に・・・。

アラフィフ3人組の遠足【新町~権田 編】

2011年05月01日(日)

【アラフィフ3人組の遠足】

12時15分、上野駅中央改札口集合。

早く着きすぎた。
相変わらず、時間が読めない(世の中も読めない)。
昼食は、各自で弁当を用意するので、エキュート上野っていうところへ行ってみた。
上野駅ホーム上にできたエキウエ。
でも、ここへ来たことを後悔した。
っていうのも、弁当が多すぎて、何を買って良いかわからない。
この中から、一つを選ぶって、
世の中を読めない米治郎が選べるわけがない。
でも、選んだ。ビールのつまみにもなる鳥芳の二段鳥弁(そんな題名だった)を選んだ。

kozoさんから着信。
「今、移動中なので、上野中央改札でお願いします。」

そして、ノールさんから着信。
ノールさん「米ちゃん、靴がヤバくてさ、登山靴履いたけどダメで、
      ナイキを履いたけど足痛くて、こりゃ、買わないとって、
上野の丸井で買ったよ」
米治郎、心の声
「あれ、kozoさん、新しい靴は絶対にマメができるので、
 履きなれた靴で」って言ったいた。

米治郎「新しい靴で大丈夫?」
ノールさん「もうだって、登山靴もナイキも少しはいただけで痛いから」
米治郎「じゃ、中央改札で」

と、中央改札で、2人と合流。

そのまま、12:30発高崎行きの5番線ホームへ。
ところが、15両全部、対座シートは全くなく、全車両ベンチシート・・・。
でも、祭日なので空いていたが、出発前から、車両の隅の席で始める。

そして、話しながら、大宮越えて、熊谷を越えた頃で睡魔。
でも、15両全部が高崎まで行くわけではなく、前の5両目は、
籠原止まり。乗ったところは3両目。
籠原であわてて降りて、後ろの車両へ走って乗り換え。

そうして、14:05新町到着。

全員トイレを済ませて、すぐにスタート。
新町スタート

もちろん、最初はやる気満々。

17号線を快調に進む。


やがて、倉賀野宿を過ぎる。
倉賀野宿

17号線と18号線の分岐。
17-18分岐点

18号線に分かれて、烏川を渡る君が代橋。
君が代橋

さらに18号線からわかれて、406号線へ入る。
406分岐点

適宜休憩を取りながら、まだまだ、快調に進んでいく。
kozoさんの計画だと、最初の20kmは速いペースで
進むので、これがまた、結構速い。
米治郎、普通に歩く時のペースは、遅い方なので、
このペースについて行くのはなかなかたいへんだ。
早歩きの練習をしなかったことを後悔する。

406号線を進む頃から、kozoさんの「休憩しましょう」の
言葉が、待ち遠しくなってくる。

そして、次の休憩は、夕食休憩、kozoさんが
ネット上で調べた「餃子の駅」という店らしい。

ノールさんと米治郎は、歩く掛け声が段々と
「餃子!餃子!」になってくる。

23km地点、4/29 18:20 高崎市下里見の餃子の駅」に到着。
餃子の駅
3人で餃子を5皿とご飯を3つオーダー。あっという間に平らげた。
ちょうど良い感じ、そう、満腹じゃ歩けなくなるからだ。

そして、少し行ったベイシアというスーパーで、夜食の買い出し。
この後、コンビニは2軒あるらしいが、人里離れていて、
欠品の可能性もあるので、夜食と朝食を買っておく。
しかし、ここも閉店間際で、おにぎりの類は売り切れ。
仕方なく、パンと、最後のかんぴょう巻きを購入。
ちょっと、パンを買い過ぎ、リュックに入らず、
リュックの外にレジ袋で下げた。
ベイシア

さあ、ここから、街頭や人家が少なくなってきて、
さらに闇は濃くなっていく。

室田のローソンで小休憩。
みんなで、アイス補給。この頃から少しずつ寒くなってくる。

さらに406号線を左側に烏川の清流の音を聞きながら進んでいく。
この付近からさらに人家が少なくなってくる。
もう、ライトがなければ歩けない。
それぞれの懐中電灯を確認すると、米治郎のが
一番強力だったので、最後の最後に取っておくことにする。

二度上峠の前に、最後のコンビニがあるらしいが、
ホントにこの先に、「集落があるの?」っていうくらい山の中。
東屋になっている自動販売機が並んでいて、ベンチもあるところで
さらに小休憩。もう、この頃から、休憩はしたいのだが、
休憩して、再スタートすると、脚の筋肉が固まってしまうので
歩き始めがつらくなってくる。

しかし、それでもまだ、この付近はポツンポツンと人家がある。
人家があると、たいていは庭先で犬を飼っているので、
こんな夜更けに人の気配を感じて、必ず吠えられる。
そう、番犬としての役割はすごく果たしている。
良い仕事をしているのである。

倉渕村に入っているのだが、この倉渕村がでかい。
やがて、最後のコンビニへたどり着く。
ここから先は、北軽井沢まで全く商店がない。
さっきなかったおにぎりがあったので一つだけ購入。
それと、1リットルのビタミンウォーターを購入。
最後のコンビニ

再スタート後、ノールさんがクマ避けに持ってきたガーガーラジオの
スイッチを入れる。
※電波が入らないので、ガーガーしか聞こえなので
ガーガーラジオ。しかし、クマ避けにはなる

ここからはしばらく人家もない。

すると、kozoさんが
kozoさん「ノールさん、ちょっと、ラジオ消してください」
と、米治郎、ノールさんのリュックのラジオを消す。
kozoさん「ほら、聞こえるでしょ、ヒィー、ヒィーって、
     これ、お化け鳥っていうんですよ」
ノールさん「知っているよ、トラツグミだろ、
      だよ。」
kozoさん「えー、知っているの、銚子にもいるの」
ノールさん「いるいる、俺、取ったことあるよ、虎柄でさ、
      だからトラツグミっていうんだよ、可愛いよ、
      でも、鵺とか呼ばれてね」
kozoさん「うちの辺では、みんな怖がって、中学の時に初めて
     泣き声聞いたけど、聞いちゃいけないモノを聞いたかと
     誰にも言えなかった」
と、トラツグミで盛り上がる。

やがて、倉渕村の権田のY字路に差し掛かる。
権田
※暗い中の撮影は難しい、こんな画像で申し訳ない。時刻は、12:15 

権田交差点の床屋さんの時計
権田の床屋

さあ、ここからは国道406号線に別れを告げて、
県道54号線に入る。二度上峠まであと少し。

(二度上峠編へ続く)
プロフィール

高田米治郎

Author:高田米治郎
米治郎の道草日記

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