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ありがとうございます

2011年08月01日(日)

先週の報告、皆さんに、ご心配をおかけしました。
また、アクセス数が極端に増えて、
皆さんが見ていただいていたことに感謝です。
全国各地、また、海外からもメールや電話で
ご心配をいただきました。

まあ、今回の決断は仕方のないことで、
幸いに、怪我をしたわけでもなく、
身体のどこかが悪くなったわけでもありません。

自転車を降りて、少し、走ることに
力を入れていきたいと思っています。

去年、5kmの目白ロードレースに出場して、
完走できたので、距離を少しずつ伸ばしたいと
考えています。

実は、先週、走る距離を少しだけ
更新できました。
http://www.jognote.com/days/8908192

まだ、右膝が痛いので、今週はお休み。

次回より”である調”に戻します。
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自転車を降ります

2011年07月24日(日)

拝啓、盛夏の候、ますます御健勝のこととお慶び申し上げます。
日頃は、我がブログをお引き立ていただき、ありがとうございます。

さて、本日、高田米治郎、

「自転車を降りること」

をご報告いたします。

ある方から、このまま、自転車に乗っていたら、
「命を落とすことになる」
と、言われました。

実は、去年の今頃、同じ方から、
「自転車は止めろ」と、言われていました。

信じられないかもしれませんが、
その方は、先が見える方です。
その言葉を受け止めず、
少しずつ、この日記で書いていたように
「パトロール」などと称して自転車に乗り、
さらに最近では開き直って、堂々と乗っていました。
その時、その方から、他にもいろいろと言われていました。
それを守らなかったのは、米治郎は、そういうことが
好きではなかったことからでした。

米治郎、その方が「先が見えること」ということを
信じられず、それを守らずにいたため、
この1年、いろいろとマイナスなことが起こりました。
その方からすれば、すべてお見通しだったわけです。

だから、今度は、家族の為に、その方の言うことを守ろうと思います。
その第一が、自転車を降りることです。
私としてはたいへん辛い選択です。

「こいつ、変なことを言っているな」と、
思われるかもしれませんが、大真面目です。

今まで、自転車を通して、たくさんの方たちと知り合いました。
もう、皆さんと一緒に走ることはできませんが、
今後も、もし、よろしければ、お付き合いは続けさせてください。

また、細々とランニングやウォーキングは続けていきます。
今後はそれをこのブログの基とします。

我が心情をご理解ください。

暑い日が続きます。
皆さま、御身体をご自愛ください。

                                  敬具
                     
                             平成23年7月吉日
                              高田米治郎

サイコンを変えてみた

2011年07月18日(月)

一昨日の100km走で、サイコンがこんなになった。
カル号の持ち主、峰男に両面テープで留めてもらっていたが・・・。
サイコンがこんなになった

ノリが剥がれて、こんなになっていて、一昨日の帰りは
上から押さえつけながら帰ってきた。

ので、GIANT(エスケープ)君に着けていた
無線のサイコン、ずっと取ってあったので、
カル号に装着した。
サイコンこんなになった

フロントフォークもすっきり。
無線ですっきり

試しに、いつものコースを1周した。
昨日、100km走った疲れが残っていて、ヘロヘロだった。

初心者のような100km

2011年07月17日(日)

今日、まずビックリしたのは、荒川CRのミミズの多さ。
特に、秋が瀬橋手前、船の給油所付近。
今まで、雑草の枯れたのかと思っていた白い細長いものは、
ミミズの枯れた(干からびた)ものだった。
ちなみに、気持ち悪いので画像はない。
これって、土の中が熱いので、夜、ミミズたちが
路面に出てきて、そのまま昼になって、路面温度が上がり
暑さでそのまま集団であの世行きになったのだろうか?

次にビックリしたのは、自分の身体。

最近、電車に乗っていたり、会社でも、30分以上座っていると、
腰が痛くて仕方がなくなる。
走ってもいないし、たくさん歩いてもいないし、
自転車も乗っていないのに、膝が痛い。

熱中スタジアムで「日本サイクリング協会」の
副会長、御年85歳のも仰っていた。
お医者さんが「自転車にたくさん乗れ!」と!
大腿四頭筋(だいたいしとうきん)が強くなるから
ひざが痛くなるのが遅くなると言われていた。

朝6時スタート。池袋から明治通りを走って、
王子から北本通り、王子消防署から新田アイランドを抜けて、
荒川CRへ出た。前にここへ来たのは峰男がサイボーク化
(ペースメーカーを入れる)される前だから
去年の秋前だろう。
新田アイランド

何しろ、カル号に乗るのも1ヵ月ぶりである。
荒川CR、どこまで行ける事やら・・・。
とりあえず、目標は、50km先の川越まで。

前述のように、ミミズの多さにあきれながら
岩淵水門。5時にkozoさんが「岩淵水門なう」と
つぶやいていたので、さすがに6時半、
1時間半もいないだろうと思い、写真だけ撮って
岩淵水門を後にするが、後でわかったことだが、
kozoさん、まだいらっしゃったようだった。
岩淵水門

秋が瀬橋へ着いて、秋が瀬橋から秋が瀬公園へ入る。
全く乗っていないので、この付近からペースが落ちてくる。
秋が瀬サーキット横から竹藪のトンネルへ。
ここはいつ来てもよい感じ、涼しい。
そして、竹藪を抜けると、今までたくさん抜かれたが、
ここで、ペアーで走っているローディーに抜かれる。
「うん、後ろは女性だ」そこで、少しペースを上げて、
あまり近すぎると失礼なので5m間隔で付いていく。
埼京線の踏切の少し前までついて行ったが、さすがに
体力が落ちているので、限界に近付き脱落。
ここで、ペースを落として、復帰を狙うが、
16号線の上江橋を渡るが、さらにペースは落ちる。

この辺から腰やら首やら腕やら尾てい骨やらが痛くなってくる。
そう、ママチャリとか乗っていても、歩道をチンタラと
なるべく汗をかかないように走っているのとは、
いくらチンタラと走っていてもロードバイクの
この乗車姿勢が久しぶりで、ロードバイクに乗るときに
使う筋肉を動かすことがなかったので、その筋肉たちが
悲鳴を上げ始めた。
特に腰と首はだんだん耐えられなくなってくる。

そこへ、2台のロードバイクが追い越して行った。
何と、後ろは小学生、小さいロードバイク。
お父さんらしき男性の後をぴったりと付いていく。
まるで風のように抜き去って行った。
後を追おうとしたが、全く間に合わない。
あんなに小さいころから乗っていれば、
末はツール・ド・フランスか・・・。
しかし、今は、何でも子ども用があるものだ。

入間大橋で、荒川CRと別れて、入間大橋を渡って、
狭山川越CRに入る。もう、この辺は青色吐息。
20km/h以下のスピードになる。
暑いし、腰は痛いし、首は痛いし・・・。
このまま狭山川越CRを行って50km地点の
コンビニへ行くか、254号線へ出て、
川島町のマックへ行くか、その時に判断しようと思っていたが
もう心は、座れて涼しいマックに決まった。

狭山川越CRに別れて、落合橋から254号線へ出る。
ここで、254号線上り方面でねずみ取りをやっていた。
この炎天下、罰金稼ぎにのノルマのためにご苦労なことである。
落合橋のネズミ捕り

254号線を北上して、すぐに川島町マックに到着。
ここで8時半に朝マック。腰と首は限界だった。
朝マック

8時28分
マックレシート

涼んで、補給して東京へ向けて帰りのスタート。
マックの隣のセブンで水分補給。
来た道を戻る。落合橋のネズミ捕り、まだやっている。
休憩したのに、すぐに腰が痛くなり、さらには
尾てい骨も痛い。だがしばらくがんばって、秋が瀬公園で、
帰りは休憩。何しろ暑いので、熱中症注意である。
川越100kmで、途中に休憩するのは初めてだ。
この休憩がいけなかった。
朝霞水門で、土手下道へ下りずに、そのまま土手上を行く。
圏央道下を通ると、涼しい。ここで2回目の休憩。
地べたに横になって、腰を伸ばす。危うく寝そうになる。
気を取り直して、再スタート。和光市老人ホーム横の橋で、
荒川CRと別れて、和光市老人ホームの前の日陰を通ったら、
また、休憩したくなったので、日陰のベンチで休憩。

和光市老人ホーム、桜の里
和光市桜の里

気を取り直して、再スタート。
西高島平へ出て、首都高速5号線下を行く。
ここで、また、水分がなくなったので、
水分補給のためにコンビニに立ち寄る。
ここで、ガリガリ君休憩。
ガリガリ君休憩

帰りだけで、4回も休憩。
しかし、再スタートしたら、なんかやっと調子が出てきた。
そのまま、17号線に出て、板橋から山手通り、目白を抜けて、
宿坂を下って、目白不動に参って、しばらくぶりなので
賽銭を100円上げて、マンション下に到着。
9階まで階段上って、帰宅なう。101kmくらいだった。
帰宅

100km以上走ったのは、1年振りだった。
暑かったが気持ちの良い久しぶりのロードバイクだった。

ヒルクライマー

ヒルクライマー 高千穂 遙 著 小学館文庫」を読んだ。

米治郎の推薦度 ☆

自転車乗りは必読の小説。特にSAKABAKAには・・・。
もちろん、乗っていない人も。

神音大作、メタボに悩む40歳のサラリーマン、
妻の実家へ行った折、白馬の栂池高原へ行って、
偶然、自転車のヒルクライムレースに遭遇する。
そして、今はCPSオーバレーシングチームのトップ。
マラソンをやるために入った大学で、
駅伝をやれといわれて、出場を拒否、
大学を辞めた青年、松尾礼二、
彼は、若くして癌で亡くなった兄の同級生、
田辺太一からルックのロードバイクを
遺言での遺品として受け取った。
ここから物語は始まる。

もちろん、米治郎は、レースにも出たこともないし、
SAKABAKAでもない、が、主人公たちが自転車に
乗っているときの心理状態、坂を上っているときの
心の中、家族がいて自転車の乗るということ、
何しろ、読んでいて共感することが多い。

多少、ネタばれになるが、一番共感できたことは、
神音大作がヒルクライムレースで坂を上っている時の
心の中、それは、”無になることである”ということだった。
気持ちを坂に集中できなければ坂は制せない。
家族のこと、仕事のこと、その他諸々のことを
心の隅に押しやって、坂を上ることに集中する。
自転車に乗るということはそういうことだと思う。

人間はストレスがあるのは当たり前のこと、
特に現代社会、ストレスはたまる一方である。
だが、人間、ストレスがないと早死にするらしい。

さてさて、ストレス解消できずにいるそこのあなた、

この本を読む → 自転車に乗ってみたくなる
 → 自転車で坂を上りたくなる →ストレス解消

と、こういうわけである。
もやもやしたこの日本、ストレス解消の手助けに
是非、ご一読を。


※これ以降はさらにネタばれ
ホントは”☆☆”だった。
でも、”☆”にした。
その理由は、松尾礼二と神音大作の
高校生の娘が付き合い始めて、
ラブホテルでのシーンが何回か出てくる。
しかも、この娘、大胆である。しかし、・・・。
これって、この小説に必要か・・・???

で、”☆”だ。
このシーンがなければ、”☆☆”、いや、”☆☆☆”だった。
プロフィール

高田米治郎

Author:高田米治郎
米治郎の道草日記

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