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板橋Cityマラソン奮闘記-その時の気持ちを振り返って

自転車に乗っている時、峠や激坂にチャレンジして、
足を着いた時が、自分としてのゴールだった。

今回、自転車で決めていた自分のルール同様、
歩く速度より遅くなっても、身体的に走るという行為から、
歩くという行為になった時が、自分のゴールと決めていた。

「走る」は、両足が地面から離れる。
「歩く」は必ず、どちらかの片足がついている。

自分で、ここでも言っていたように、
ゴールは、中間地点と決めていた。

だから、予定通りだ。

そのまま、歩いても、もしかしたら、
板橋のゴールまでたどり着けたかもしれないが、
自分で決めたルールに反していたので、中間地点でリタイヤした。

だが、本当に思い知った。
心肺機能的には、まだ大丈夫だった。
しかし、股関節から下の全部が古傷も含めて、
関節もガタガタだった。
だから、たぶん、21kmが、米治郎の身体的な限界だ。
走ることの凄さもこの歳になってあらためて、わかった。
若い時は全くわからなかったが、走るという行為は、
全身、特に下半身全部を使っていることが・・・。
走る行為に対して、身体は誤魔化せない事を・・・。

また、今週末から、少しずつ、走っていく。
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板橋Cityマラソン奮闘記

人の多さにビックリ、2万人くらいいたらしい。
スタートの待機場所から、スタートラインまで、780m。
9時にスタートの放送があったが、だらだらと歩いて進むだけ。
スタートラインの100mくらい手前から走りはじめる。
山手線の混雑している状況を想像してみてください。
その状態で、走っている感じ。
赤羽水門手前くらいから少しずつ、バラけてくる。
赤羽水門を過ぎて、その先の坂が広くなっているのにビックリ。
板橋City赤羽水門


途中、バナナやパンの補給もあり、水、スポーツドリンクも飲み放題。
ただ、最初の方は、止まらないとコップが取れないので、取らずに、
持参したペットボトルの水を飲む。これは正解だった。

10km過ぎたあたりで、あいつがやってくる。
しかも意表をついて、右膝ではなく左膝。
そう、普段でも知らないうちに、右膝をかばっていて、
左膝に負担が行っていた。さらに足首が痺れてくる。
足首前部がつれているような感じ。
自転車では良くなったが、走ってからは初めてだ。

こいつらと闘いながら走っていくしかない。
当然、というか、予定通り、フルは無理だ。
少しは期待もしたが、やはりそんな力は
ないことがわかった。

そして、予定通り、折り返し地点でリタイヤ。
中間地点

平井から電車で帰った。

Jogノート
http://www.jognote.com/user/171991/classic

板橋まで2週間を切った

2013年03月11日(月)

今日は、3.11、今の日本において、
日本人として忘れてはいけない日だ。

一部でしか報道されていないが、実は3/10、
これも日本人、特に東京で生活する人間は
忘れてはいけない東京大空襲の日だ。

さあてさて、私の3/24、人生初のマラソンチャレンジ、
その日まで、とうとう、2週間を切ってしまった。
齢をとるにつれて、1日、1週間、1ヶ月、1年が短く感じる。
まだまだだと思っていたら、あっという間に日にちが経ってしまう。

左踵、右膝、普通に歩いていても、痛いような違和感。
でも、走る、できるだけ、少しでも良いから走る。
もっと高齢になったら、歩けなくなるかも・・・、
と、思いつつ走る。
42.195kmの半分の折り返し地点が、ゴールと
思って走る。せめて、そこまでは完走したい。

でも、練習ができていない。
練習する  → 左踵、右膝、さらに痛める。→ 歩けなくなる。
練習しない → 1kmも走れなくなる不安・・・。

ああ、どうしよう!
プロフィール

高田米治郎

Author:高田米治郎
米治郎の道草日記

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